Mangala-glance(マンガラ-グランス)へようこそ!

Mangala-glance(略してマングラ)

へお越し頂きありがとうございます。

マンガラとはパーリ語(簡単にいうと仏教用語)で吉兆、瑞兆など幸福を訪れさせる事柄、幸福の訪れの前兆のような意があります。

グランスは英語で一見、一目、ちらりと見るなどの意があります。

ここでは私(kanata)が誰かにとってちょっと幸せに近づくきっかけになるような情報をお届けしたいと思います。

(仏教については考え方等が好きでちょっとかじった程度。狂信してるわけではないです。)


kanata社長とは

はじめまして!このMangala-glanceの管理人kanataと申します。

kanata社長とか言ってますがとある中小企業の取締役をやってます。

このような立場にありながら働くことが嫌いでいつも「仕事を辞めるには」、といったことを考えている自分で言うのもあれなんですがヤバいやつです。

ただ、仕事は真面目にしてますよ(笑)

kanata社長の略歴(長いので興味がある人だけ読んでください。)

「クズ時代」

小さいころから楽して生きる事を目標に生きてきました。

そのためにはお金が必要で、いつの間にか稼ぐことばかり考えていました。

幼少期には親の手伝いをしてお小遣いをせびってみたり、カードゲームのレアカードを交換したり売ったり、学生時代は校内で古着やブランド品の転売をしてみたり、とにかく持っている人からお金を手に入れようとしてました。

ここまでは自分で何とかしようとしてたんですが、あるとき、付き合った人がとても尽くしてくれる人でいろんなものを買ってもらいました。

するとkanataの頭では誰かと付き合うとお金やものが手に入る→自分の時間の対価をもらっていると構成されました。

そうなると後は簡単です。ヒモになろう、ヒモになれば人生ゲームクリアだー、と思いそこから渡り鳥のような生活をしてました。

ただ、kanata氏は我慢する能力が著しく低かったので良い人と付き合っても1,2か月経つとすぐ嫌になって逃げだしてました。

今考えたら

なんてもったいないことをしてたんだ!!(クズ)

と思いますね(笑)

なんともクズだったんですがここでたくさんの魅力的な人達と過ごすことで人の気持ちを考える力を培いました。


「更生時代①」~職業訓練学校~

まあそんなこんなで気づいたら23歳くらいになってました。

ある日(絶賛ニート中)kanataは家にあった新聞の折り込みチラシにて「ファイナンシャルプランナー養成講座」を見つけます。

ファイナンシャルプランナー?何それ?かっこいい!

と思って読んでみると「お金のことを知ろう」みたいなことが書いてありました。

ふむ、確かに。お金儲けするならお金のことを知らないとできない。気がする。

そこからファイナンシャルプランナー養成講座に通おうと思い、面接等に行きました。いわゆる職業訓練学校ですね。

それまでハローワークに行ったことがなく、初めて行ったときは、

なんだ…この負のオーラは……。死んじゃう…もう二度と来たくない。

ってなるくらいダメージを負いましたが今では求人募集をお願いしに通うようになってます。人生何があるか分かりません。

ちなみに、無事に入学できました。ただ私のクラスには高齢な方もかなりいらっしゃって、私が最年少でした。

そこで何故か母親の胎内に忘れてきたと思っていたやる気がみなぎり、

クラスで一番になってやる!

と思うようになりました。

そして初日でつまずきました。

日本語が難しい…意味がわからない…

教科書は全て日本語で書いてあります。でも意味が分かりませんでした。kanataは純日本人です(多分)。でも勉強したことがなく、ニュースもあまり見なかったので、聞いたことがない言葉の羅列で卒倒しそうでした。

でも、一番になるって決めたしなあ…

そこから今までやったことがない猛勉強、予習復習は当たり前、とにかく日本語の理解をすること、ノートに書いて覚える等、学校が終わってから1日平均4時間くらい勉強してました。

遊ぶことも忘れて毎日毎日意味が分かるまでやり続けました。

するといつの日にか新しく習うことも意味が分かるようになってきました。しかも定期的にある確認テストはほぼ満点。

勉強していた「点」が「線」に変わりました。先生の言う事や教科書に書いてあることが一発で理解できるようになったのです。

そこに達すると毎日学校が終わってから何時間も勉強する必要はなくなり、授業中のみ集中して勉強するようになりました。

学校終わりは毎日パチンコ屋に入りびたりお小遣いを稼いでました(笑)

それでも点と点が繋がり、線と線が繋がり、試験対策は完璧で宣言通り一番の成績で合格しました。

ちなみにこの学校は保険屋さんが開催した学校で、損をしない、お金がたまる保険の入り方や、いろんな会社の社長さんがゲスト講師で来るなど、試験対策以外も充実していました。

当時は

何の得もないのにこんな事する会社があるんだなあ。めっちゃいい人じゃん!神!

とか思ってました。実際は国から補助金が出る、生徒の保険を見直せるなどメリットは色々あります。

そしてkanataは保険に興味を持ち、学校を開催した会社(保険屋さん、仮にA社とします。)のご厚意でA社に就職することになりました。


「更生時代②」~就職~

初めての就職です。色々教えてもらった挙句資格取得でき、就職先にまでなってもらい、凄まじい感謝の念、敬意を持ちました。

A社の社長は仕事もバリバリでさらに勉強熱心な方でいろんなことを教わりました。

普通には受けられないようなセミナーを受けさせてもらったり超高額な自己啓発や営業プログラムをくれたり政界パーティに参加させてもらったり…

入社時にはスーツ、シャツ、ネクタイ、靴、カバン等全てそろえてもらいました。ご飯を食べに行くぞってなれば全額出してくれました。

最早騙されてるんじゃないかと思うくらい良くしてもらったように思います(笑)

なんというか「ザ・社長」「トップ」って感じでしたね。

これが社長って人間かあ…かっこいいなあ

って思ってました。A社の№2の方もこれまた人格者で、心理や哲学的なことに長けた方でした。

その方と行動したり、一緒にいたりが多かったので、オススメというか読むべき本を教えてもらったり、貸してもらったりして知識をどんどん蓄えていきました。

その本たちも機会があれば紹介したいなあって思ってます。

もちろん保険についてもめちゃくちゃ勉強してその辺の保険営業とはくらべものにならないくらい知識を培いました。

入社後何か月かして№2の人のサポート役になり、1年ちょっと経ってから退職しました。

朝出社して時間になったら退社っていう生活が耐えられなかったんです(笑)

そこで色々勉強して根拠のない自信をつけたkanataは保険で独立しました。


「独立時代①」

1年ちょっと経験したところで大した能力があるでもなく、人脈があるでもなく、大きく稼ぐこともできず、その日暮らしの生活をしてました。

その間にもいろんなことに首を突っ込んでうまくいったり失敗したり…

めちゃくちゃいろんなことをしたので覚えてることだけ箇条書きで書きます。

・アプリで本出版

・ゲームアプリ販売

・ショップサイト開設

・マルチレベルマーケティング各種

・アクセサリー製作・販売

・詐欺情報商材購入

・マッサージ

・接骨院開業

・古物商

・ヤフオク・メルカリ

・オンラインカジノ

・FX           etc…

このくらいにしときます。

色々やってきましたが全て中途半端で、時間的に自由でしたが、だらけすぎて生活が豊かになることはありませんでした。

ある時期人間関係で失敗し、その時の収入源を全て失うことになりました。

そこからどうしようもなくなり精神的に病み、

もう諦めて普通に仕事をして生きていくか…

と思い友達の紹介で外仕事の世界に入りました。絶対にしたくないと思っていた肉体労働です。

しかし肉体的には辛いですがやってみると自分ががんばって作業した分出来上がっていくものを見れるのはなかなか面白かったです。

入社何日目かに初めてのことばかりで何をしていいかわからず突っ立っていると道具を投げられ、怒号が飛んできました。直撃コースで結構危なかったです(笑)

その時はぶっ〇してやろうかと思いましたがよくよく考えると、

社長からするとお金(給料)を払っているのに突っ立っている(仕事してない)ので怒るのは当たり前です。入社何日で物を投げるまでしていいのかは定かではないですが。

ただそこで効率良く立ち回ることを覚えました。

早く仕事を終えればそれだけ早く帰れる上に会社も余計な人件費がかからず儲かる。最強です。

皆さんは当たり前だと思うかもしれませんが、私はスパナだったかモンキーだったかを投げられてそこで初めて、

時間をかけずに効率良く稼ぐのが大事なんだ。

と気づきました。そこからは効率厨(笑)になり、素人ながら早く仕事を終わらせるよう努めて3か月経った頃に辞めました(笑)

そろそろ給料を上げようかと言われたときに

今のままでいいです。来月で辞めさせてください。

と言いました。道具が飛んできたことはありましたが今でもめちゃくちゃいい会社だったと思います。

肉体的にはきついですが給料も3か月ごとに上がる可能性があったり、皆勤手当てがついたり(3万円!)基本的にみんな優しくて、休憩室には冷蔵庫の中にジュースがあって飲み放題、普通に会社員として働くならすごくいい会社でした。

ただ私の求めるモノがそこにはなかったんです。

楽して生きる目標が諦めきれてませんでした。


「現在に至るまで」

辞めたのにはもう一つ理由があり知り合いの社長の会社に人が足りないから誰か探してくれと言われた事がありました。

そこでなぜか自分が行く、と言っていました。

全然やりたい仕事だったわけでもなく、やったこともない仕事でしたが、バイトとして雇ってもらうことを条件に転職しました。

そこで自分の出来る限りことをこなし、学び、吸収し、その時その時でできる限りのことをしていました。

ただのバイトでしたがやれることを精一杯やって、常駐の外注業者になり、果てにその会社の子会社の取締役になりました。

今はこの取締役からの脱却を目論んでます(ニートになりたい

今は楽して生きるはずが多大なる責任を負って生きてます。

まあでも楽して生きるための不労収入にはぐっと近づいてます。個人事業主では自分が働く対価しかもらえないですからね。

そんなkanataがブログをやってみたいと思い、今までやこれからの学んだこと、役に立つ情報、(役に立たない情報)、を発信していきます。

それが誰かの幸福のきっかけになればいいなと思ってます。

よろしくお願いします!

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